ヤマハ発動機株式会社 · 2025年12月期
バイクで育てた技術は、海と工場へ。ヤマハ発動機2.53兆円の枝分かれ。
ヤマハ発動機の始まりは、1955年のモーターサイクル「YA1」です。70年後の2025年12月期も、二輪車などを含むランドモビリティは売上1兆6,151億円で、全社売上2兆5,342億円の約63.7%を占めます。だから、バイクを過去のものとして扱うのは違います。ただ、そのバイクで育てたエンジン、車体、生産の技術は、1960年の船外機、1976年に外販を始めた産業用ロボットへ枝分かれしました。現在はマリン、ロボティクス、金融サービスまで並ぶ会社です。中心を残したまま、技術と顧客接点がどこまで広がったのかを数字と歴史から追います。
投資判断や銘柄推奨を目的とした記事ではありません。企業が公開した一次資料を、会社の輪郭が見えてくる順番で読み直しています。
ヤマハ発動機は、モーターサイクルから始まった会社です。
そして70年後も、バイクを含むランドモビリティが会社の中心にあります。
ただ、その中心で育てた技術は、かなり遠くまで枝分かれしました。

二輪車、船外機、製造の模型で、パワートレインとものづくりの技術が広がる姿を表した編集上の解釈です。実際の製品仕様、全事業の直接的な系譜や収益性を示すものではありません。
売上収益は2兆5,342億円
ランドモビリティが1兆6,151億円
海では5,276億円
FY2025の事業売上
単位は億円。会社開示のセグメント売上。
広がった事業がすべて同じように稼いでいるわけではありません。
アウトドアランドビークルは398億円の赤字
ロボティクスは1,115億円
商品を売った先には金融もある
この事業の枝分かれは、創業直後から始まっていました。
1955年、最初の製品はYA1
1960年、YA1の部品を海へ持っていった
工場の中でも、別の枝が育ちました。
自社工場のロボットを、1976年から外へ売った
会社自身も、事業の広がりを製品の寄せ集めではなく、技術の連続として説明しています。
共通するのはパワートレイン、車体・艇体、制御
バイクは今も中心です。
でも、会社をバイクだけで見ると、海の5,276億円も、工場のロボティクスも、その成り立ちが見えにくくなります。
THE VIEW AFTER THE NUMBERS
数字をつなぐと、こう見えた
2025年12月期のヤマハ発動機は、売上収益2兆5,342億円、営業利益1,264億円。
ランドモビリティは1兆6,151億円で、当サイト計算では全社の約63.7%。今も会社の中心です。
ただ、1960年の第1号船外機P-7はYA1の部品を共用する条件で開発され、現在のマリン事業は5,276億円まで育ちました。産業用ロボットも、自社工場のために開発した技術を1976年から外販し、現在のロボティクス事業につながっています。
FY2025には、ロボティクスで生成AI・先端パッケージ向け半導体後工程装置の需要も伸びました。一方、アウトドアランドビークルは398億円の営業損失で、多角化したすべての事業が順調なわけではありません。
ヤマハ発動機は、バイクから別の会社へ変わったのではなく、バイクで育てた技術とものづくりを、海、工場、金融へ枝分かれさせてきた会社です。