ブラザー工業株式会社 · 2026年3月期
始まりは、ミシン修理。ブラザー8935億円の技術の枝分かれ。
ブラザー工業の始まりは、製品を売ることではなく、ミシンを直すことでした。1908年、名古屋でミシン修理業として出発。そこから国産ミシンをつくるために部品も工作機械も自分たちでつくり、精密加工やプレス、モーターの技術をためていきました。2026年3月期の売上収益は8,935億円。いま最大なのはプリンティング&ソリューションズで5,706億円です。ミシンの会社がプリンター会社へ変わった、と言うだけでは足りません。自分たちで機械をつくるための技術そのものが、何度も別の製品へ枝分かれしてきた会社です。
投資判断や銘柄推奨を目的とした記事ではありません。企業が公開した一次資料を、会社の輪郭が見えてくる順番で読み直しています。
ブラザー工業の始まりは、完成した機械を売ることではありませんでした。
壊れたミシンを直すことでした。

ミシン、加工部品、印刷の模型で、製造と制御の技術が枝分かれする姿を表した編集上の解釈です。すべての製品が同じ部品から生まれたことや実際の装置仕様を示すものではありません。
売上収益は8,935億円
現在の最大事業は、ミシンではありません。
最大はプリンティング&ソリューションズ
印刷は、オフィス向けだけではありません。
産業用印刷は1,393億円
そして、工作機械も今のブラザーに残っています。
マシナリーは830億円
家庭用ミシンもなくなってはいません。
パーソナル&ホームは610億円
いまのブラザーは、5つの主要事業でできている
2025年度売上収益。その他・消去を除く主要セグメント。
現在の事業だけを見ると、ミシンとプリンターと工作機械が同じ会社にあるのは少し不思議です。
でも、技術の歴史を見るとつながります。
1908年、ミシン修理から始まった
国産化するには、ミシン本体だけでは足りませんでした。
部品をつくる機械まで自分たちでつくる必要がありました。
ミシンが、精密加工とプレス技術を残した
工作機械への進出は、その説明をかなり直接的に裏づけます。
1962年、ミシン加工用の社内技術を外へ売った
もう一つの枝が、印刷でした。
1971年、高速ドットプリンターへ
ミシンにも電子制御が入り、工作機械にもNC制御が入り、プリンターにも電子制御とモーターが必要になる。
製品は違っても、会社の中で磨かれる技術は重なっています。
39,495人、40以上の国と地域へ
THE VIEW AFTER THE NUMBERS
数字をつなぐと、こう見えた
2026年3月期のブラザー工業は、売上収益8,935億円。
最大事業はプリンティング&ソリューションズの5,706億円です。一方、産業用印刷1,393億円、マシナリー830億円、パーソナル&ホーム610億円など、かなり異なる製品が同じ会社に並びます。
その起点は1908年のミシン修理でした。
ミシンを国産化する過程で、精密加工、プレス、モーターを磨く。1962年にはミシン加工用の社内技術から工作機械へ進出し、1971年には高速ドットプリンターを開発。電子制御と印字ヘッドの技術はFAXやプリンターへつながりました。
ブラザーはミシン会社からプリンター会社へ単純に乗り換えたわけではありません。
一つの機械を自分たちでつくり切るために蓄えた技術が、次の機械を生み、その技術がまた別の事業へ枝分かれしてきた会社です。